「百聞は一見にしかず」ということでツバルを取材してきました
地球温暖化で最初に沈む国といわれる南太平洋の島国、ツバルを取材してきました。東京から太平洋の島国、フィジーまでは直行便があり、飛行時間は約9時間。そこから小型のプロペラ機に乗り換え、2時間程度で、ツバルのフナフチ空港に着きます。日本との時差は3時間で、日本の正午はツバル時間では午後3時です。着陸直前に機上からみると、ツバルは、エメラルドグリーンの海に半円を描くように点在する大小の緑の島でできていることがわかります。8つの島で成り立つツバルの面積はすべて合わせても26平方qで、日本の新島程度しかありません。サンゴ礁でできた島だけに標高は低く、最大4、5m、平均標高は2mにも達していません。このため、2月の大潮の日には、波が島を横切ることもしばしばみられます。
近い将来水没するって言う報道は本当ですか
このツバルが温暖化による潮流変化が原因の海岸侵食や海面水位の上昇で近い将来、水没してしまうのではないかという懸念が盛んに報道されています。わずかな農地も高潮の時には海水が下から湧き上がり、主食のタロイモが作れなくなった場所もあり、被害にあった畑が実際にテレビで映し出されると危機感が募ります。数年前に、ツバル政府は、約一万人の国民の海外移住を決意し、ニュージーランドやオーストラリア政府に移民の受け入れを要請したなどのニュースが伝えられたこともあり、ツバルの水没はもはや時間の問題で、避けることができない現実のような印象を与えています。
今世紀末までは沈まない可能性の方が大きそうだ
だが実際にツバルに降り立ち、島内を取材して歩き、自分の目でツバルを観察すると、映像などを通して刷り込まれた切羽詰ったツバルの姿とは別のもう一つのツバルの姿が見えてきます。まず、水没が起こるとしても、5年、10年先といった差し迫った短期の問題ではないということです。海岸侵食や大潮の被害が以前よりも大きく、頻度も増えていますが、だからといってツバルが近い将来水没してしまうほど危機的状況にあるかといえば、答えは明らかに「ノー」です。ツバル人の多くも、それほど切羽詰った問題と受け止めてはいません。恐らく今世紀末までにツバルが水没する可能性はむしろ少ないと思います。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書では、最悪のケースでも、今世紀末の海面水位の平均上昇は59cm程度と見ており、ツバルの平均標高はそれよりも高くなっています。
沈まないツバルへの期待が大きい
インタビューしたツバル環境省のマタイオ局長も「2050年までに世界のCO2排出量が半減できれば、ツバルは水没を免れることも考えられます」と期待を表明しています。さらに、ツバル政府としても、水没による国家消滅を前提にして、ツバル国民の受け入れを正式に、他国(オーストラリアなど)に要請した事実はありません。それほどの緊急性がないからです。温暖化による海岸侵食や海面水位の上昇によって、水没の危険性が強まっていることは事実ですが、それ以上に水没を免れ、存続できる余地がまだ十分残されています。
沈むツバルの虚像はこうしてつくられた
取材で、ボートをチャーターし、海岸が侵食され、椰子などの樹木が倒れている島を地元の漁師に案内してもらいました。また大潮の時、地面の下から海水が湧き出る現場も案内してもらいましたが、今回の訪問では目撃できませんでした。
危機的な被害現場の断面写真をつなぎ合わせて、明日にも沈没しかねないツバルの姿を映像として映し出し、「大変だ、大変だ」と騒ぎ立てるのは明らかに行き過ぎです。水没するツバルを前提とすれば、環境難民として、海外に移住する選択肢しか残されていません。しかし、近い将来水没してしまうというツバルの姿は実は虚像であり、バーチャル・ツバル(架空のツバル)というほかありません。
2050年までにCO2の排出量半減が」ツバルを救う
現実のツバルは沈まないツバルです。別の言い方をすれば、ツバルを水没から救うためにまだできる余地がたくさん考えられることです。ツバルを水没から守るためには、まず、2050年までに世界の温室効果ガスの排出量を半減させるという地球規模での対策が必要です。この点については小国のツバルにはいかんともしがたいわけですが、日米欧などの先進工業国や排出量の大きい中国やインドなどの排出削減努力が必要です。このための枠組みづくり、つまりポスト京都議定書の温暖化対策は国連のCOP(気候変動枠組み条約・締約国会議)の場ですでに始まっています。
海岸侵食を防ぐための護岸対策も効果的
この枠組みに日本が積極的に参加することは当然ですが、この他に日本がツバルにできる協力は色々考えられます。たとえば、ツバルの海岸侵食を防ぐための護岸対策です。数年前、同じサンゴ礁でできたインド洋の島国、モルジブを取材したことがあります。その時会った同国の環境省の担当者が、「海岸侵食の激しい一帯に日本の援助でテトラポットを敷設してもらい助かった」といっていたことを思い出します。こんな協力もできます。
国際的に自立できる人材養成で協力を
若者や子供たちに対する実践的教育支援も効果的だと思います。今世紀中の沈没は免れる可能性が大きいとはいえ、万一の場合も考えられます。そうした状況を考慮し、国際的に通用する技術を身に付けた人材を養成するための実践的な教育も必要です。ツバル人は、男性の場合、船乗りや漁師などの技能に比較優位があるといわれています。また女性は、介護などの福祉分野で有能な素質を備えています。万一の場合、環境難民として他国に受け入れてもらうのではなく、職能的な技術が評価されてその国に貢献する人材として迎えられるのとでは大きな違いがあります。
今の日本に求められることは、危機を煽ることではなく、沈まないツバルのために実践的で効果のある分野で、支援、協力し、さらに万一に備えてツバル人が国際的に自立できるような人材育成に協力することではないでしょうか。
2008年3月24日記