福田ビジョンは提示されたが・・・
2050年の地球温暖化対策を主要議題とする洞爺湖サミット(主要国首脳会議、G8)が来月7日から始まります。それに先駆けて福田康夫首相は、先週9日、東京・内幸町の日本記者クラブで、日本が取り組む地球温暖化対策(福田ビジョン)を発表しました。洞爺湖サミットは、日本がホスト国であり、会議をリードするためには、日本の基本的な姿勢、考え方を明確にする必要があります。福田ビジョンはそれを意識して発表されました。
☆温室効果ガスの排出量、50年までに現状比60〜80%削減
福田ビジョンの骨子は、@長期目標として温室効果ガスの排出量を現状比60〜80%削減する、A20年までに現状比14%削減は可能、来年に政府としての中期目標を発表、B今秋に国内で排出量取引を試験的に導入する、C太陽光発電の導入量を30年に現状比40倍に引き上げ、12年をめどにすべての白熱電球を省エネ電球に切り替える・・・などとなっています。
☆科学的知見、世界の常識に足並みを揃える
まず、日本の長期削減目標数値が首相の口から直接語られたことは評価できます。昨年ドイツのハイリゲンダムで開かれたサミットで、安倍晋三前首相が「2050年までに世界の温室効果ガスの排出量半減」を提唱した時、肝心の日本の目標値が示されなかったために世界のNGOなどから厳しい批判を受けました。「世界で半減」のためには、先進国が「60〜80%削減」が必要なことは、科学的知見としてすでに指摘されていたことで、日本もようやく世界の常識に足並みを揃えたことになります。この他、太陽光発電の導入に意欲を示したことも歓迎できます。
☆日本の姿勢が問われる中期目標値の先送り
だが、中期目標が来年まで先送りされたことは残念です。福田首相は中期目標値については「来年のしかるべき時期に発表したい」と言及するに止まりました。しかし中期目標と関連して次のように述べています。「EUは2020年までに90年比で20%の削減を目標にしています。これは現状(2005年)から14%の削減を意味します。日本は・・・先般、2020年までに現状からさらにEUと同程度の削減レベルである14%の削減が可能だという見通しを発表しました」と。「先般」とは、経産省・資源エネルギー庁が3月に長期エネルギー需給見通しの中で明らかにした数字のことです。福田発言から皆さんはどのようなイメージをお持ちになりますか。
☆14%削減に潜ませた欺瞞の数字に愕然としました
EUの14%削減と同じ程度の削減なら、日本でも十分可能だ、と言っているように受け取れませんか。しかし14%削減の意味は、日本とEUとでは大きく異なります。そのことに触れずに、14%削減という数字が不注意に使われていることに大きな欺瞞を感じます。EUの場合、90年比20%削減が現状比で14%削減になるのは、90年比ですでに6%削減に成功しているためです。だからこれから14%削減すれば目標の90年比20%削減が達成できるわけです。これに対し、日本の排出量は、05年度には90年比7・7%も増えてします。資源エネルギー庁が試算した2020年の排出量は、膨れ上がった2005年度比14%削減になります。90年比では、わずかに4%削減にしかならず、京都議定書の6%削減にも達していません。
☆セクター別アプローチで20年に90年比20%削減は附不可能
14%削減の欺瞞性については、環境NGOがすぐその問題点を指摘し、一部マスコミも批判しています。なぜ、福田首相が口に出せば批判を避けられないような怪しげな数字をあえて持ち出したのか理解に苦しみます。日本は国別総量目標の達成手段として、セクター別アプローチを提唱しています。セクター別アプローチとは、電力、鉄鋼など業界別、さらに運輸、業務、家計などセクター別にそれぞれ削減量を積み上げるボトムアップ方式です。これまで日本経団連が主導してきた自主行動計画に近いやり方です。日本の20年の排出量、現状比14%削減は、すでに指摘したように90年比では4%削減にしかなりません。セクター別方式ではEUのように20年に90年比20%削減はむずかしいことを示す以外のなにものでもありません。なぜ首相がこのような意味のない数字を口にしたのかわかりません。
☆排出量取引の試行的実施は一歩前進
福田ビジョンが、国内排出量取引の市場形成に向け、今秋から「試行的実施」に踏み切る姿勢を明確に打ち出したことは一歩前進です。排出量取引とは、1単位の温室効果ガスの排出量を最も安価な方法で削減するために導入されたものです。温室効果ガスのCO2は、大気に含まれ国境を超えて、地球上を循環しています。1トンのCO2を削減するためのコストは、途上国よりも先進工業国の方が割高です。この場合、同じ1トンのCO2を削減するなら途上国でやった方が安上がりです。同じような考え方で、国内企業の間でも,CO2削減コストは企業によって異なります。そこで、自社で削減するよりも、もっと安いいコストでCO2の排出量を削減できる企業から、排出量を購入することができれば、自社の削減コストは少なくて済みます。EUではすでに05年からこの制度を導入していますが、日本では産業界の反対が強く、導入が見送られてきました。
☆世界の流れに適応する努力も必要
EUの排出量取引は、キャップ・アンド・トレード方式と呼ばれています。キャップとは、排出の規制量のことです。温暖化対策としてCO2の排出量は、年を経るに従って厳しく設定(キャップ)される見通しです。それに従って削減コストの上昇は避けられず、削減コストの安い企業と高い企業との間で排出量を取引する市場が必要になってきます。EUに続いて、ブッシュ政権後のアメリカでも排出権市場が大きく成長してくることが予想され、国境を超えた取引に発展する可能性が強まっています。日本だけがその枠外にいるわけにはいきません。世界の大きな流れに適応する努力も必要です。
☆洞爺湖サミットで中期目標の公表をすべきだ
福田首相は、歴代首相の中でも、温暖化対策に最も踏み込んだ首相として評価できます。しかし、福田ビジョンでは洞爺湖サミットで、日本がリーダーシップをとることは難しいと思います。50年目標も、排出権取引市場への取り組みも、EUの方が先行しており、ようやくキャッチアップへ向け動き出した程度という印象です。洞爺湖サミットでリーダーシップを発揮するためには、来年に先送りした20年の中期目標数値をサミットの場で公表し、温暖化対策に取り組む断固とした日本の姿勢を示すことです。
2008年6月記