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ブータン訪問記
国民総幸福(GNH)を国家目標に掲げるブータンの実験

ヒマラヤ山麓の自然に恵まれた国

3月初めから10日間ほど、ブータンを訪問しました。といっても、「え! ブータンってどこにあるの。アフリカ? それとも南米?」なんて、首を傾げる向きも少なくないのではないでしょうか。
ブータンはヒマラヤ山麓にあるれっきとしたアジアの独立国です。国土面積は九州とほぼ同じ広さ、人口約68万人、国民の多くはチベット仏教の熱心な信者です。インドと中国に国境を接しており、近くにはネパールもあります。

GNPよりもGNHの方が大切だ

元々王国(現在は立憲君主制に移行)で、72年にブータンの第4代国王に就任したワンチュク国王が、「GNP(国民総生産)より,GNH((国民総幸福=グロス・ナショナル・ハッピネス)を!」を国家目標に掲げ、それに基づいた国政を推進することを表明しました。国民が真に必要としているものは、「生産」ではなく「幸福」ではないか。国民一人一人が幸せだと感じるような社会をつくることが政府の役割ではないか。モノがいくらあっても、それだけで国民は幸せになるとは限らない。精神的な満足こそ大切だ。

「ブータン2020」を掲げ、GNH最大化を目指す

このような考え方から、ブータン政府は99年に中長期の国家開発大綱として「ブータン2020」を策定しました。具体的には、20年を目標にして、@持続可能で公正な経済開発、A環境保全、B文化遺産の保護、C良い統治の4つの柱を推進することで、GNHの最大化を実現しようという計画です。
ブータンが掲げたGNH目標は、GNP、GDP(国内総生産)といった生産至上主義の目標を掲げてきた欧米先進国とはまったく異なるもう一つの道を目指すものです。昨年秋のリーマンショックが引き金になった深刻な世界同時不況も、「もっとモノを」という物欲主義が破綻した結果です。それだけにブータンのGNH目標は新鮮さがあり、世界の注目を集めています。

賛同する世界の学者が集まってGNH国際会議を開催

たとえば、GNHに興味を抱く世界各国の学者や研究者が集まり、04年に最初のGNH国際会議が首都、ティンプーで開かれ、GNHの考え方指標化について議論しました。その後、毎年1回、GNH国際会議が開かれています。第4回会議は昨年11月、再び首都、ティンプーで開かれました。日本の研究者も参加しています。
このような事情もあり、ブータンをこの目で見たいという気持ちが募り今回の訪問になりました。


高地だが、熱帯モンスーン地帯に属し、比較的温暖な土地柄


日本からブータンへは直行便がないので、まずタイのバンコクまで行き、そこでブータン航空の「ドラックエアーズ」に乗り換え4時間ほどでブータンのパロ空港に着きます。日本からだと10時間以上かかります。日本との時差は3時間です。
首都のティンプーは、空港から車で1時間ほど北東に行ったところにあり、標高は約2400m。高地にありますが、緯度が沖縄とほぼ同じで、熱帯モンスーン地域に属しています。このため、比較的温暖で、標高3000m付近でも、植生が多様で、針葉樹と広葉樹の自然の混交林が豊かな森を形成しています。バナナやブーゲンビリアなどの熱帯、亜熱帯植物もあり、屋久島のように植生の垂直分布(亜熱帯、温帯、寒帯)が見られる場所もありました。

環境副大臣などとインタビュー

首都で環境副大臣と学校教育長の2人とインタビューすることができました。2人とのインタビューを通して、なぜブータンが、GNPよりもGNHを上位概念にしているのかについて、少し分かったような気がしました。
 まず、豊かな森とヒマラヤの氷河を源流とする良質の水に恵まれ、棚田農業が発達し、キノコなど山の幸も豊富で、沢山の自然の恩恵を享受してきた歴史があります。輪廻思想に基づくチベット仏教は、人間と自然とが深くつながっているという共生の思想を教えています。経済は比較的好調で、06年の一人当たりGDPは、1460ドルで後発途上国から抜け出し、衣食住は十分満たされています。「足るを知る」精神が行き渡っているせいか、子どもから老人まで笑顔が目立ちます。現状に満足しているからでしょう。

電線を敷かず、渡り鳥のオグロヅルの生息地を守る

自然環境の保全・保護のため様々な取り組みをしています。たとえば、ブータンは国土面積の約7割が森林ですが、法律で森林面積6割を切ってはいけないと規制しています。従って森林伐採が許されるのは、1割程度ということになります。
 首都から60kmほど東に行ったところにポプジカの谷があります。ヒマラヤ山脈を越えてくる渡り鳥のオグロヅルの生息地です。ここの住民は、ツルが電線で怪我をしないようにあえて電柱を敷かず、太陽光発電やロウソクで生活をしています。

プラスチックごみの処理に頭を痛める

一方、都市化が進み出した首都のティンプーでは、プラスチィックのごみに頭を痛めています。石鹸や洗剤、衣料品など日常生活品の多くは輸入品ですが、プラスチック包装されています。このため、プラスチックのごみは増える一方です。プラスチックのごみが道路脇の排水溝に捨てられ、そのまま放置されて町全体を汚しています。
 食品廃棄物のように、使い終わったごみは、自然に戻せば、いつか自然に帰りますが、廃プラスチックはそうはいきません。政府は、プラ製のレジ袋に代えて紙袋を推奨していますが、思いように普及しません。

自然・伝統文化の保全、継承と便利な近代化とのバランスが課題

自動車の排ガス規制のため、中古車の輸入を一切禁止し、低公害車の価格の高い新車の輸入しか認めていません。一種の輸入規制ですが、舗装道路の整備と観光産業の発展に支えられて自動車の数は急増しており、首都の中心部に渋滞さえ見られるようになりました。
 自然と伝統文化の保全・継承と便利な近代化をどのようにバランスさせたらよいか、目下、政府は試行錯誤の状態です。特にテレビやインターネットの普及で子供たちが外国の便利な近代生活を知り、憧れるようになると、ブータンも急速に変ってしまうのではないでしょうか。そうなると、果たして、いまの静かで平和で幸福な生活を守り続けることができるのでしょうか、一抹の懸念を抱きながら帰国しました。

2009年3月21日記

 
 
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