NGOやNPOの資金調達の新しい方法として注目
福祉や環境などの分野では様々なNGO(非政府組織)やNPO(非営利組織)が、それぞれの使命(ミッション)を達成するため、献身的に活動しています。これらの組織にとって最大の悩みは、活動資金が不足していることです。いくら強い使命感を持っていても、お金がなければ、活動を長続きさせることも、広げることもできません。国からのわずかな助成金や善意の寄附金に頼っているだけでは限界があります。このような袋小路から脱却するため、最近注目されているのがソーシャルビジネス(社会的事業)です。貧者や障害者救済、環境保全などの社会的課題の解決をボランティアとして取り組むのではなく、ビジネスの形で取り組むことで必要な資金を自ら調達する新しい社会的活動です。
利益の使い方に特徴がある
ソーシャルビジネスが成功すれば、新しい産業や雇用を創り出し、地域社会を活性化させ、経済全体を元気にさせる主体としておおいに期待できます。ソーシャルビジネスの支え手のことを「社会的企業家」、「社会的起業家」などと呼んでいます。株式会社は本来利益追求のための事業体です。従って利益は株主や社員に分配されます。しかし、ソーシャルビジネスとしての株式会社は、利益の大部分を使命達成のために振り向けます。利益の配分が通常の株式会社と異なるところに特徴があります。
バングラデッシュのグラミン銀行は有名ですね
ソーシャルビジネスとして有名なのが、バングラデッシュのグラミン銀行です。貧しい農村の女性たちが起業などで経済的に自立できるように、無担保で小額を貸し付けています。貸し出しに当たってもちろん貸し出し金利は付けます。年率20〜20%の金利は商業銀行としては少し高いように思いますが、小額とはいえ資金調達にはコストがかかりますし、高めの金利だと、借り手にプレッシャーを与え、労働意欲が増すなどの利点があるそうです。
融資先800万件、融資回収率97%の実績を誇る
83年の設立ですが、融資先は800万件にのぼり、融資回収率は97%と高く、未回収はほとんどありせん。この手法はマイクロクレジット(小額融資)と呼ばれ、世界各地のNPO法人などに広まっており、日本でも小規模ながら取り組む事業体が出ています。グラミン銀行の創設者、ムハマド・ユヌス総裁(元大学教授)は、その功績が認められ、06年にノーベル平和賞を受賞しましたので、ご記憶の方もおられると思います。
ユニクロがグラミンン銀行と新会社設立
日本の企業の中にも、このような社会活動に関心を持つところが増えています。
たとえば、カジュアル衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは、グラミン銀行と協力して、同国で衣料の製造・販売を手がける新会社を昨年秋、設立しました。一着平均1ドルのTシャツや下着などを貧困層向けに販売する計画です。
ファーストリテイリングが主に生地の調達から製造販売まで一貫して手がけることで、販売員を中心に、3年後には1500人の雇用を計画しています。同社の会長兼社長の柳井正さんは、「その国にとって、いい企業でなければ、その国で生残れない」と述べています。
日本の市場規模は、約2400億円と推定
日本では、ソーシャルビジネスと名前は付けていませんが、事実上のソーシャルビジネスとして活動している事業体(NGOやNPOが中心)は各地に結構存在しています。
経済産業省の「ソーシャルビジネス研究会報告書」によると、ソーシャルビジネスの市場規模は約2400億円、事業者数は同8000、雇用者数同3万2000人と推定しています。大部分が零細な事業体ですが、その中で、規模も大きく、成功している例として、「株式会社大地を守る会」があります。
「利益よりもミッション優先」を掲げる大地を守る会
大地を守る会は、有機農業で作られた安全な食品を消費者につなぐ事業を展開しています。35年前に設立されましたが、現在では事業規模約160億円、有機農産物や添加物を使わない加工食品などを定期的に購入する消費者会員約8万9000世帯、生産者会員(農家)同2500人と大きな規模になっています。 大地の会は、09年に開いた株主総会で、定款の一部を変更して、前文に次のような内容を盛り込みました。
株式会社大地を守る会は、「大地を守る会」の理念と理想である「自然環境に調和した、生命を大切にする社会の実現」を目指す社会的企業として、株式会社としてのあらゆる事業活動を、
「日本の第一次産業を守り育てること」
「人々の生命と健康をまもること」
「持続可能な社会を創造すること」
という社会的使命を果たすために展開する。
この中には、利益をあげて株主に報いるなどの文言はありません。
守る会の藤田和芳社長は、「利益よりもミッション優先がわが社の理念」と言っています。
ソーシャルビジネスが質の高い社会づくりに大きな役割
07年秋の「ニューズウィーク」誌は、「世界を変える社会起業家100人」の一人として、グラミン銀行のムハマド・ユヌスさんなどと並んで日本からは藤田さんを選んでいます。ソーシャルビジネスの活動が活発なイギリスでは、事業者数5万5000、市場規模270億ポンド(約5・7兆円)、雇用規模は77・5万人という調査結果もあります。先のソーシャルビジネス研究会報告によると、日本の市場規模も数年先には2・2兆円近くになると推定しています。ソーシャルビジネスは、質の高い社会づくりに欠かせない存在になってきました。
2010年 12月5日記